川面先生の帰幽後の稜威会の歩みです。


川面先生帰幽後稜威会年譜(昭和12年以降)


昭和12年 川面先生十周年記念会結成の準備会開催。

昭和13年

川面先生十周年記念事業は、会長今泉定助氏、委員長馬場愿治氏として発足す。2月「禊祓道の入門」(中村三郎述)発行。

昭和14年 2月川面先生十周年慰霊祭。斎主高山昇氏により九段軍人会館において斎行。3月川面凡児全集刊行開始。6月会報第一号発行。同月川面凡児先生格言集「炎」刊行。

昭和15年 4月道場敷地として石神井関町の土地を西武鉄道より買収。5月会報第二号発刊。6月葦津耕次郎翁帰幽。11月会長馬場愿治氏帰幽。後任に富岡宣永氏就任。

昭和16年 馬場愿治先生追慕録発行。

昭和17年 1月石神井関町禊道場地鎮祭。

 3月上棟祭。同月川面凡児全集全十巻刊行了る。10月新殿祭。同月理事会にて本部を上野桜木町より石神井関町に移すことを決議。11月落成式斎行し稜威会に移譲す。事務所移転の定款変更申請、本部を移転す。同月「全神教趣大日本世界教教典」1・2・3・4巻合冊本27版発行。12月禊部長馬弓良隆氏帰幽。某月「禊祓入門」発行。

昭和18年 4月川面先生十周年記念会解散奉告祭並に晩餐会を開催。6月定款変更申請認可通達、東京市板橋区石神井関町2ノ453番地本会事務所所在地となる。

昭和19年 会報第三号発刊。

昭和20年 2月新村寅次郎氏帰幽。3月空襲により石神井関町道場一部破損す(当時管理人不在)。5月尾形学而管理人として入居。

昭和23年 4月関町道場において稜威会の戦後初の会合開催。

昭和24年 2月関町道場において有志に依る川面先生20年祭斎行。

昭和25年 12月会長富岡宣永氏帰幽。

昭和26年 12月練馬区関町(旧板橋区石神井関町)稜威会所有地の所有権保存登記をす。

昭和30年 青山国蔵氏道彦にて禊、修禊者15名、場所月日不詳。

昭和34年 2月川面先生30年祭を東京大神宮にて斎行。発起人代表富岡盛彦、斎主松山能夫。8月軽井沢二度上げ滝にて夏禊。

昭和36年 9月富岡盛彦、行弘糺、川面義雄、山本重次郎、青山国蔵、武見喜代治の六氏理事に就任。四代会長に富岡盛彦就任。

昭和37年 1月山本次郎氏帰幽。2月多摩奥都城において川面祭33年忌並びに同人奥都城建碑式斎行。馬場愿治常立命、仝成子比売常立命、富岡宣永常立命、寺垣猪三常立命、仝柳子比売常立命、高山公通常立命、須永武義常立命、武見喜三常立命、佐原七郎常立命、山本重次郎常立命、愛敬利世常立命を祭祀す。7月大山阿夫利神社にて夏禊。道彦行弘糺、修禊者15名。11月鵠沼海岸にて禊。浦野喜雍、杉田安三、青葉淑光はじめ修禊者13名。

昭和38年 1月鵠沼海岸にて大寒禊。杉田安三、青葉淑光はじめ修禊者7名。2月川面祭34年忌を富岡八幡宮において斎行(爾後仝所に於て)。7月大山阿夫利神社にて夏禊、道彦行弘糺、修禊者14名。8月川面義確氏帰幽。

昭和39年 2月川面祭35年忌斎行。7月神社本庁後援により大山阿夫利神社において夏禊、道彦行弘糺、修禊者14名。2月青葉運太氏帰幽。

昭和40年 2月川面祭36年忌斎行。7月大山阿夫利神社にて夏禊。行弘糺、青山国蔵、杉田安三はじめ修禊者15名。8月新村潔知、青山政一、白土仲子、山崎政三、杉田安三、馬場誠、篠田義市、青葉淑光の八氏を理事に増員就任。仝月川面凡児著「宣言書」を英訳出版す。9月米国クレアモント大学における第一回日本神道研究国際会議に富岡興永参加。12月練馬区関町の稜威会所有地明渡しにつき天雲教会代表尾形学而に対し内容証明書送付す。

昭和41年 2月川面祭37年忌斎行。7月大山阿夫利神社にて夏禊、道彦行弘糺、修禊者13名。10月幹事富岡輿永理事に就任。11月尾形学而練馬区関町土地に仮処分をかける。

昭和42年 2月川面祭38年忌斎行。4月理事会開催。尾形氏仮処分に対し提訴の決議をす。 仝月「教典」1・2巻20版刊行。6月練馬区関町稜威会所有地の帰属をめぐり東京地裁に土地明渡しの提訴をす。(弁護士馬場秀郎、渡辺豊彦)。仝月川面凡児述「建国乃精神」を山崎政三刊行。仝月麻布、国際文化会館における第二回日本神道研究国際会議に富岡盛彦氏ほか理事参加す。某月道彦行弘糺、杉田妥三はじめ修禊者20名にて禊、場所月日不詳。

昭和43年 1月篠田義市氏帰幽。2月川面凡児述「世界を統治するもの」谷本久雄編著にて刊行。仝月川面祭39年忌斎行。4月神道文化会刊行「明治維新神道百年史」第五巻に大日本世界教について中西旭執筆す。仝月鵠沼海岸において桃の禊をす。道彦杉田安三、修禊者25名。6月元賀陽宮に白土仲子、仲山順一の両氏、「祖神の垂示」について進講す。7月仲山順一、天皇陛下に「宣言書」を献上す。8月「神道辞典」の川面凡児の項に中西旭執筆。仝月神道研究家故ポール・リシャール博士の追悼会を富岡八幡宮において開催。来拝者百余名。スイスの神道研究家ジュネーブ大学教授ジャン・エルベール博士来日。其の著「日本の魂日本の神道」について中西旭の通訳にて講演会開催。11月川面凡児述「世界平和と信仰」谷本久雄編著にて刊行。12月富岡盛彦、行弘糺、青山国蔵、青山政一、馬場誠、新村潔知、山崎政三、杉田安三、白土仲子、富岡興永、中西旭、青葉淑光、斉藤省三、篠田文子の一四氏理事に就任す。

昭和44年 2月22日川面祭40年忌富岡八幡宮におて斎行、斎主富岡盛彦。仝所において遺墨展開催。長老青山国蔵、行弘糺、庭山信郎、目黒潔、新村潔知、舟橋満、山崎政三の各氏に対し表彰式を行う。翌23日多摩奥都城祭斎行す。仝日九州宇佐神宮において宇佐市長山口馬城治発起人代表其の他北九洲地区の神社政財界有志により40年祭斎行、金谷真氏講演。仝月馬場誠氏帰幽。4月桃の禊、杉田安三、ほか修禊者八名。6月「川面凡児歌集」谷本久雄編にて刊行。7月大山阿夫利神社にて夏禊。道彦杉田安三修禊者11名。仝月会長富岡盛彦氏喜寿祝賀会を東京大神宮にて開催。11月(翌年3月まで)中西旭、米英仏独印の各国を歴訪。神道講演をす。

昭和45年 1月ジュネーブ大学教授ジャン・エルベール博士夫妻及びランドム氏来日。歓迎会を富岡八幡宮において開催。仝月鵠沼海岸にて大寒禊、道彦杉田安三、修禊者28名。参観者エルベール博士夫妻、仏国国営テレビ録画のため禊風景を撮影。2月弁護士渡辺豊彦氏帰幽(後任奥一夫氏委嘱)。仝月山崎政三氏帰幽。仝月川面祭41年忌斎行。仝月「川面凡児全集」第1巻明玄書房より刊行。4月鵠沼海岸にて桃の禊。道彦杉田安三、修禊者22名。仝月「教典」六巻20版刊行(故山崎政三氏寄贈)。5月「川面凡児先生四十年祭記念会報)を発刊す。7月大山阿夫利神社にて夏禊。道彦杉田安三、修禊者20名。11月馬場誠氏帰幽。

昭和46年 1月鵠沼海岸において大寒禊。2月川面祭四二年忌斎行。3月沖縄那覇市沖之宮神社内に本会沖縄支部開所。参加者80余名にて盛会に開催。仝地南海岸において記念禊大会を開催。道彦杉田安三、修禊者百余名。5月寺尾猛氏帰幽。6月沖縄支部開所を祝い稜威会菊の会を乃木会館において開催。富岡盛彦氏の哲学博士の称号、舟橋満氏の勲七等叙勲、真壁恵愛氏の沖縄支部設立並びに仝禊道場建設の功労とについて祝賀。8月国本女子高校と合同で軽井沢において夏禊。杉田安三、青葉淑光をはじめ修禊者33名。11月富岡盛彦、行弘糺、青山国蔵、青山政一、新村潔知、杉田安三、白土仲子、青葉ふぢ、富岡興永、斎藤省三、中西旭、篠田文子の12氏理事に就任。

昭和47年 2月川面祭43年忌斎行。仝月沖縄支部において寒禊。3月鵠沼海岸において桃の禊。5月川面全集輪読会始む(爾後毎月一回開催)。8月軽井沢にて夏禊。10月青山国蔵氏帰幽。

昭和48年 1月鵠沼海岸において大寒禊。2月川面祭44年忌斎行。自己維新会(谷本久雄)主催で奈良桜井市太陽之家において川面先生44年祭斎行。6月三重県棒大神社において禊行法の濱習会開催出張指導す。仝月川面全集を国学院大学を始め全国各大学並びに神社図書館に寄贈す。12月庭山信郎氏帰幽。

昭和49年 1月鵠沼海岸において大寒禊。2月練馬区関町所有地に関する東京地方裁の訴訟は勝訴の判決あり。仝月川面祭45年忌斎行。3月川面凡児全集をハワイ大学ほか米国始め欧州各国の十数余大学・図書館に寄贈。8月軽井沢二度上げ滝において夏禊開催。仝所にて、東京世田谷の国本女子高校(有木春来校長)の夏禊に青葉淑光道彦として指導(爾後同じ)。9月会長富岡盛彦氏帰幽。富岡八幡宮において葬儀斎行。11月(代表理事)富岡興永、青山政一、杉田安三、舟橋満、斎藤省三、中西旭、白土仲子、青葉淑光、河戸博詞、愛敬進の10氏理事に、新村潔知氏監事に就任す。

昭和50年 1月鵠沼海岸において大寒禊。2月川面祭46年忌斎行。8月国本女子高校軽井沢において夏禊。仝月軽井沢において夏禊。

昭和51年 1月中村三郎氏帰幽。2月川面祭47年忌斎行。3月新村監事辞任。8月軽井沢にて夏禊。杉田安三、青葉淑光氏はじめ修禊者15名。

昭和52年2月安房白浜町新明荘(成瀬弥五郎)において大寒禊。2月川面祭48年忌斎行。7月定款変更について臨時総会開催。仝月行弘糺氏帰幽。7月定款変更登記。事務所を練馬区関町より富岡八幡宮内に移転。8月軽井沢において夏禊。8月本会と東京むすび会との共催により富岡八幡宮において宮内庁掌典宮下矩雄氏の「宮中祭祀について」の講演あり。仝月軽井沢において国本女子高校の夏禊。10月同人奥都城の墓標を再建立す。仝月練馬区関町所有地に関する東京高裁の訴訟は勝訴の判決あり。11月富岡興永、青山政一、杉田安三、舟橋満、斎藤省三、中西旭、白土仲子、青葉淑光、河戸博詞、愛敬進の10氏が理事に、奥一夫、新井司の二氏が監事に就任す。仝月前紀訴訟事件に関し天雲教会は最高裁に上告す。12月奥一夫氏帰幽。

昭和53年 1月安房白浜海岸新明荘において大寒禊。2月川面祭49年忌斎行。藤田又四郎監事に就任。4月中西旭、日本能率協会主催にて「神道の実践」について講演す。仝月鵠沼海岸において桃の禊。7月練馬区関町所有地に関する最高裁の訴訟事件は勝訴の判決あり。8月軽井沢において国本女子高校の夏禊。仝月仝所にて夏禊。仝月白土仲子女史帰幽。仝月中西旭、伊国の名誉市民に推挙せられ歓送会開催。10月臨時総会開催。仝月故白土女史の追悼会を催す。

昭和54年1月鵠沼海岸において大寒禊。2月23日川面祭50年忌斎行。発起人代表富岡興永、実行委員長青山政一、斎主中川正光、玉串奉奠者78名。仝所にて遺墨展開催。杉田安三、青葉淑光、藤田又四郎の三氏を禊行の功労者として表彰す。仝月24日奥都城祭斎行。



※川面先生帰幽後の年譜は、資料不足のためやむなく昭和12年以降のものとなった。戦後の三十年代後半からほ記録も整備しているが、30年間あまりの空白をうめていきたい。お手元の資料・日記等のご提供を得られれば幸甚である。

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